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#02 育児中の母親の子育て支援拠点におけるピアスタッフの経験を通した気づき

健康科学部 看護学科 助教
中島 千英子
研究分野:子育て支援、育児情報源、ピアサポート

子育て中の母親に「赤ちゃんがよく泣くので辛い」と言われたら、あなたは何と返しますか?母親たちが本当に求めている子育て支援とは?健康科学部 看護学科の中島千英子助教は、子育て中の母親たちのピアサポーターとしての活動に密着し、活動・聞き取り・観察を通して得られた母親たちの気づきをベースにした新たな育児支援メソッドを構築するための研究を進めています。

研究内容について教えてください

ピアサポーターとして活動している育児中の母親の精神・身体・社会的な変化の気づきに着目し、今後の効果的な育児支援方法の資料を得ることを目的とした研究です。対象は、0 〜 10 歳児を育児中の母親 11 名。約 1 年にわたる活動と、1人60分程度のインタビュー調査を行いました。
活動の基盤となっているのは、地元の商業施設で行われている子育てひろばです。「みのおママの学校@キューズモール(キューズ子育て集つどいのひろば:以下「子育てひろば」)」平日は毎日助産師が常駐し、子育て関連のイベントや母親の居場所づくりを実施しています。ここで、助産師とともに、育児の相談をしたり、イベント中の子どもの見守りを行ったりしているのがピアサポーター(通称ママサポーター:以下ママサポ)です。私は概ね週一回のペースでスタッフとして参加をさせてもらい、一緒に活動しながら母親たちの気づきや変化を感じ取る、ということを続けてきました。

研究に着手されたきっかけや経緯は?

大学で教員をする前、保健師として働いていた時に、地域の子育て中の母親のメンタルヘルスの問題に直面しました。メンタルヘルスの問題は、行政の限られた支援の中では未然に防ぐことが難しく、もどかしさを感じていました。健康そうに見えても些細なことがきっかけで鬱になる母親は多く、潜在的なリスク保持者をすくい上げる視点が必要だと感じました。何か今とは違うサポートの仕組みを作り、地域に落とし込んで行けないか、当事者同士を含め、もっとたくさんの人が関わって支え合う運用ができないか、と考えるようになりました。
そんななか、私自身が母親となり、子どもと一緒に参加したのが「キューズ子育てつどいのひろば」でした。いくつかのイベントに参加し、その後ママサポになりました。ママサポを担う育児中の母親たちは、一参加者としてスタートし、活動を通して自分にも何かできることがあればとの思いから運営側に回ることが多いです。ほかにも、子育てがひと段落した人、元保育士や元教員などがいて、最初はほぼ皆、経験を活かしたい、社会貢献がしたいという目的で参加しますが、実際に活動していくと、自分が楽しいといった意識に変わっていく様子が見て取れます。社会的意義を価値としていた人たちが、資格や経験などと関係なく、人としての価値に気付いていくプロセスに興味を持ちました。目に見えない価値観の縛りから解放されることで、育児ストレスも軽減されていくのではないか?と感じ、これは研究テーマになるかも知れないと思うようになりました。

実際にどのような気づきや発見が得られましたか?

あるママサポメンバーは、長年完璧主義で生きてきて、子育てにおいても「母親だから育児ができて当たり前」という意識を手放せずにいました。本当はしんどくて誰かの助けがほしいのに、家事も育児も完璧にこなす理想の母親像に縛られ、自分の心に向き合えない。いつしか自分の本当の気持ちが分からなくなってしまっていました。けれど、子育てひろばでほかのママサポたちと話をし、自分が本当は何をしたいのか、本当はどういう人間なのかを言葉にしていくうちに、初めてゆっくり自分の内面を顧みることができ、本当にやりたかったことがクリアになってきました。その後、実際にその夢に向かって動き出すことができ、人生に希望が見えてきたと話してくれました。
子育て広場で母親たちはアウトプットする機会を与えられ、自分のことについて話す、考えることを通して自身の内面を整理し、自分自身の心の動きに気づいていきます。ほかのママサポや助産師、育児中の母親らとの交流は、多様な価値観に触れるきっかけにもなります。自分の気持ちが変われば自然と子育てに対する意識も変わり、自分の価値観の変化は行動の変化、ひいては生き方の変化にも繋がります。

研究の成果と今後の展望について教えてください

今回の研究で、子どもの状態への支援だけでなく母親の生き方への支援を主眼においたサポートの在り方が、新たな育児支援のエッセンスとして発見されました。母性保護・母性養護という従来の概念を超え、一人の女性としての立場、在り方、生き方を支援していくことに着眼し、その重要性が明確になったことは大きな成果だと捉えています。寝ない、食べない、よく泣くと言った子育ての悩みの裏に隠された、自分の時間を作りたい、もっとこんなことがしてみたい、といった母親の気持ち。これに対して周囲から得られるのは「ミルクが足りないのでは」などの育児手技的なドバイスや「母親がリフレッシュできる時間を作ればよいのでは」といった、正論や非現実的とも感じられる助言ばかりです。「子育て支援=子どもの支援」で、母親に対する支援という視点が抜け落ちている日本の子育ての現状の裏にあった母親たちの本当のニーズが、聞き取りを通して明らかになってきました。ではそのニーズを母親らはどうやって自己開示し、人に伝え、意識を変えていけるのか。ママサポの活動範囲は限定的で、機会も方法論もまだ充分ではありません。
母親自身が受け入れられる安心・安全な場所を提供することが本当の意味での育児支援だとすれば、これはもう西洋医学だけでは解決できない問題です。分野を跨いだ総合的な支援が必要なため、早々に対応するのは非常に困難です。皆が認識はしているけれど、どこから手をつけていいのかが分からない、ガイドラインも何もないなか、ママサポの活動の記録を学術的に言語化することには一定の意義があると考えています。それを一つの指針にして、育児中の母親を支援する(居場所をつくる)人たちがある程度共通した認識を持ち、社会全体としての子育て支援の在り方を変えていけるといいですし、ママサポの子育てひろばの活動についても、もっと多くの人に知ってほしいと思っています。
キューズ子育てつどいのひろばの活動は Instagram で情報発信をしているので、興味のある方は覗きにきてください。

また、私は公衆衛生看護学が専門ですが、母性看護学や精神看護学を専門とする同大学や他大学の先生方、地域の助産師さんと一緒に研究をしています。様々な分野の専門家と協働で研究することで、研究の成果がより良いものになると思っています。

最後に、高校生、学生へのメッセージをお願いします

母親たちの話を聞いていると、幼い頃からの価値観の押し付けによる心理的な抑圧が、現在の生きづらさとなり、人間関係や子育ての悩みにまで繋がっているというケースが多いことに気づかされます。今の社会は、人間一人ひとりの特性や特徴が十分に重んじられているでしょうか?「何者かであるあなた」ではなく、「ありのままのあなた」は尊く、価値のある存在だと思います。人からの評価や他人の顔色・機嫌ばかりを意識して生きていませんか。皆さんには、自分の本当の気持ちを大切にして、自分も、他者も認められる人になってほしいです。今は直接関係ないかもしれない子育て支援の問題も、今生きている社会の課題と密接に関わっていることを知り、子どもをもつ・もたない、産む・産まないに関係なく、自分に何ができるのかを意識してもらえるとうれしいです。