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#16 睡眠に関する研究

看護学部 教授 相澤 里香
研究分野:睡眠学

人が人生の約三分の一を費やす睡眠。質・量の低下が健康被害に結びつくことはよく知られており、睡眠の問題は常に世間の高い関心を集めています。
看護学科の相澤教授は、この睡眠をテーマに据えて、長年研究を続けています。

 

研究テーマを教えてください

「睡眠」をテーマに研究を続けています。
様々な理由により睡眠や覚醒に問題を抱え、生活に困難を感じている人たちがいます。そんな人たちが、質・量ともに良い睡眠を手に入れて健康的な生活を送れるよう、看護師の立場からサポートすることを目的に、研究を続けてきました。

このテーマで研究を始められたきっかけや経緯を教えてください

最初の研究テーマは、ナルコプレシー患者の QOL の向上でした。ナルコプレシーという疾患は、脳を覚醒させるための神経系の物質が先天的に欠落していることから覚醒障害に陥るもので、日中起きていられないなどの発作が主に思春期の頃に発現します。研究を始めた当時は確定診断を得ることも難しく、怠けていると見做されて適切な治療が受けられないなど長年にわたり辛い状態にある患者もたくさんいました。そのような人たちに対する手助けの方法を模索していたちょうどその頃、世の中ではインターネットのブロードバンド化が広がり、一般の家庭からでも世界中の情報にアクセスすることが可能になりつつありました。正しい情報を迅速に、患者やその家族に届けられる可能性が格段に高まったことに着目し、IT分野の専門家と共同で、患者による情報収集という面から研究を進めることにしました。研究の結果、インターネットを有効に活用して情報にアクセスする人の方が、より早く確定診断を受けられるということが明らかになりました。

ナルコプレシーに関してはその後、髄液中のオレキシンという物質を測る診断方法が確立され、薬の開発も飛躍的に進みました。効果的な薬が出れば服薬指導だけで生活していける患者も増え、看護師としてできることも限定的になるため、研究については一区切りついたという状況です。
※QOL:Quality of Life(生活の質)

現在取り組んでいるのは、IT 系人材と睡眠の関係についての研究です。世界中で優秀な人材が活躍している IT 分野ですが、非常に不規則な生活をしている人が多いのではないかと感じていました。そこで、IT 系人材の生活実態を調査し、睡眠との関係を探ってみることにしました。睡眠日誌や小型活動量装置でデータを取った結果、統計的にも不規則な生活実態が明らかになりました。このような生活を長く続けていくと、将来的に高血圧、脳卒中、心筋梗塞になるリスクが高まります。これを自己責任と捉える向きもありますが、長期的なデータの蓄積もない新しい分野の職業であるからこそ、従事する専門家の健康について社会全体が意識し、将来にリスクを抱えない、一人ひとりに合った規則正しい生活を送れるような環境を構築して行く必要があると私は考えています。現在はデータを蓄積している段階ですが、今後病気予防の観点なども加えて研究を展開して行く際には、内科の医師などともより密に連携した学際的な取り組みになって行くことが予測されます。

研究を進められる中で、今どのような課題や成果が見えていますか?

ナルコプレシーの研究が進むにつれ、日本の睡眠薬研究も劇的に発展してきました。それでもなお、睡眠薬に対する偏見は根強いものがあります。依存性などの副作用を心配し、抵抗感を持っている患者も少なくありません。病院の精神科に対しても同様で、古いイメージや先入観に捉われて受診をためらい、一人で苦しんでいる人がたくさんいると思われます。まだまだ正しい情報が、必要な人たちに十分に届いていないのが現状です。睡眠に悩みを抱えるたちがネットツールを活用し、自分に合った専門医と出会い、適切な診療ルートに乗れるようにするための、ネット上の環境整備が今後の課題です。

 

今後の展望や目標について教えてください

現在、IT 分野の専門家らとチームを組み、特定のキーワードを検索にかけた際にヒットする情報の量や、情報のリソースや生成過程など、専門家でなければできない分析手法を取り入れながら研究を進めています。研究チームは、看護師、IT 専門家、そして医師が加わった分野横断的な集団です。特定分野の専門家だけでは睡眠改善という大きく広範な研究テーマに取り組むのは難しく、それぞれの専門家が得意分野の研究を推進していくことで睡眠研究全体の発展を支えています。私は看護師・保健師として、睡眠覚醒パターンの整った生活構築のための支援を行い、生活習慣病の予防に繋げていきたいと考えています。研究は短期間で成果が出るものばかりではなく、何十年と調査や実験を積み重ねていくことで明らかになってくることもたくさんあります。IT 系エンジニアの生活状況は徐々に把握が進んできていますが、この人たちがより健康的な生活を送ることができるよう啓発し、行動変容に繋げていくにはどうすれば良いかについても、長期的な視点で考えていく必要があります。

 

最後に、これを読んでいる人たちへのメッセージをお願いします

日本人の睡眠は世界的に見ても非常に少ないという統計が出ています。必要な睡眠時間を確保できないと、生活習慣病の発症リスクが高まります。私が講演会などで話す際にはいつも「睡眠こそが万能薬」とお伝えしています。忙しい人が多いですが、できれば自分がもう満足と思えるまで、たっぷりと眠ってほしいです。それでも朝起きられないなどの状況が改善しない場合は、病気が潜んでいるかも知れません。お手元のスマートフォンを活用し、近くの睡眠専門医を探してみてください。
日本睡眠学会のサイト:https://jssr.jp [外部サイトに移動します] には、睡眠の認定医が載っています。病気なのか何なのか、判別がつくと対処法が見えてきます。必要であれば適切な治療を案内してもらえますし、新薬の中に合うものが見つかるかも知れません。より良い眠りによってより良い生活を手に入れ、より良い人生に繋げていってほしいと思います。