大阪青山大学

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主な収蔵資料

大阪青山歴史文学博物館では、国宝「土左日記」写本をはじめ、重要文化財や重要美術品を含む約 5,000 件の文書、典籍、美術工芸品を収蔵しています。

国宝「土左日記」

藤原為家が嘉禎 2(1236)年、蓮華王院にあった紀貫之自筆の『土左日記』を一字も違えずに書写したものです。貫之自筆本が伝わらない現在、その原本の姿を最も忠実に伝える意味で、学術文献資料として至高の価値があります。

重要文化財

当館では、現在、16 件の収蔵品が国の重要文化財に指定されています。

「後醍醐天皇宸翰消息」

後醍醐天皇はいわゆる建武の新政を行い、朝廷の権威の回復をはかりましたが、反対勢力の台頭により挫折。波乱に富む人生を歩み、奈良吉野で崩御しました。本資料はおそらく尊円法親王に賜った御書状と推測され、その筆跡に強烈な異彩を放った天皇の人柄がよく表われています。

「明月記」

藤原定家の日記。巻首に「貞永元年五月」とありますが、実際は正治元年 4・5 月、同 2 年 11 月、建仁元年 5 月の記事が継がれています。字体は独特で、定家の書風の特徴がよくわかります。

「成尋阿闍梨母集」

成尋は平安後期に入宋した天台僧。本書はその母が入宋した成尋を想って詠んだ日記的歌集です。母性愛を表現した作品として、極めて高い学術的価値が認められています。短歌 175 首、長歌 1 首が収められ、その流麗な筆跡も、鎌倉前期の和様を代表するものとして高い美術的価値を持っています。

「興風集」

平安時代の歌人、藤原興風の和歌を集めた歌集。興風は三十六歌仙の一人にもあげられるほどの和歌の名手で、鎌倉時代の歌人、藤原定家が編んだ『小倉百人一首』にも登場します。本学所蔵の『興風集』は、藤原定家が側近らと書写したもので、「定家様(ていかよう)」と呼ばれる定家独特の筆跡による書き込みが所々にうかがえます。

「是則集」

平安時代の歌人で三十六歌仙の一人、坂上是則(さかのうえのこれのり)の作品集です。本学所蔵本は、鎌倉時代の歌人藤原 定家の監督の下に作成され、表紙の題箋や本文の上部に見られる集付(しゅうづけ)は、定家自身の筆になると考えられています。百人一首にも採られて有名な「あさぼらけ 有明の月と見るまでに 吉野の里に 降れる白雪」を始め、四十三首の和歌が収められられた冊子本です。
約八百年の伝来の間には、酒井忠勝や堀田正休、また加賀の前田家などの大名家に秘蔵され、昭和 16 年には重要美術品の認 定を受けています。

「後伏見院庁諷誦文」(平成 26 年新指定)

後伏見院庁諷誦文」は、嘉元 3(1305)年 9 月 15 日に崩御した亀山法皇の追善供養に際して、当時新院と呼ばれた後伏見院(在位 1298 ~ 1301 年)の院庁から出された諷誦文(※) で、参詣した僧に布三百端を与えることを記しています。同じ日付の後伏見院願文も残されており(個人蔵)、追善供養の実態を具体的にうかがい知ることができます。亀山法皇は大覚寺統、後伏見院は持明院統の皇統であり、両統迭立状況下における院政の一端を伝える史料とし ても貴重です。

※ 諷誦文 仏事の際に、その趣旨と供物の内容を述べて、僧に声をそろえて読経することを要請するために出した文書。